自由と安定はトレードオフ

4月から通訳案内士としてデビューし、今日までに5個のツアーを経験しました。1日だけのものから、最長で4日間の旅行に付き添いました。お客さんの数は少ないので2名、多いので39名でした。

通訳案内士という仕事は、食えない仕事と、よく揶揄されます。通訳案内士資格の試験会場に行くと、60代ぐらいのリタイアした後の世代の人が多いことに気づきます。これで生計を立ててる人というのは少なくて、リタイア世代の道楽みたいな仕事なのではないかと、私自身思っていました。

研修に行った時も、最初は空港に見送りするだけの仕事からステップアップしていく、などと言われます。そして研修は自費で受けなければなりません。観光地を下見する時の旅費も自費です。デビューするまでにいったいどれだけお金を使うのか?と思いますよね。

しかし蓋を開けてみると、いきなりお客さん37名で4日間のバスツアーが回って来ました。ここぞとばかりに引き受けて、ピンチに陥りながらも何とかこなしました。

意外と、仕事あるんじゃね?なんて思っていました。

しかし4月の繁忙期が終わった後、私の仕事は途切れました。まあこんなものだろう、とは思ってみたものの、久しぶりに大学生みたいな生活をしていると、これで良いのか?という気がしないでもありません。

ですがこれは、公務員を辞めた時点で分かっていたこと。納得の結果であります。

私は自由を求めて公務員を辞めました。

そもそも、自由と安定というのはトレードオフの関係にあり、安定した仕事をしながら自由を得るというのは無理な話です。

公務員は、首にならないし給料が意外と高いという意味では、確かに安定していました。しかし、首にならないのと、30歳を超えた人の中途採用が多くないので一旦辞めると戻って来れないことが理由で、人材が固定されていました。すると、辞めないことが前提の人生設計になってきます。公務員としての仕事を続けながらでは、ルールに縛られた、非常に限定的な自由しか得られません。まさしく私は政府の犬だったのです。

今、この先仕事がどれくらいあるのか分からないアウトローな道を歩いていますが、私は2か月ぐらい引きこもって英英辞典を暗記したり、日本全国放浪の旅をする自由もあります。これは安定と引き換えに手に入れた自由なわけです。

今はこの、せっかく手に入れた自由を満喫したいと思います。もちろん仕事が回って来たら受けます。

僕が公務員になった理由

4月から僕は公務員を辞めて、通訳ガイドという仕事をしています。

安定した職業を捨てて、実質フリーターと変わらないような勤務形態で仕事をしているわけです。もったいないね、と人からよく言われます。

何で辞めてしまったかと言う話をしたいのですが、まずは、そもそも何で公務員になったのかという話をしようと思います。何故辞めたのかという話とも関連してきますからね。

僕が就職活動をした年というのは、まさにあのリーマンショックが起きた年のことでした。

それまで3年ぐらいは好況が続いていたので、普通に就活してれば僕も大学の先輩達みたいにどこか就職できるだろうとタカをくくっていました。

現実は甘くなくて、僕は受験した民間企業全てに、不採用でした。

自分は仕事をするに能わない人間なのかと、ひどく落ち込みましたね。ちなみに、受験した企業は、キリンビールとか資生堂とか、誰でも思い付きそうなメーカーを適当に受けてましたね。よく知れた会社が安心だと思ってましたからね。今思えばその会社選びの時点で間違ってました。

大学4年生の4月に民間企業から軒並み落ちた後に、公務員を目指すことにしました。もうそれ以上、民間企業の面接を受けたくなかったんでしょうね。地元の市役所の採用試験は7月だったので、約3ヶ月、本気で筆記試験の勉強をして受けようと思い立ったのです。

マークシートの試験はもともと得意だったので、僕は難関と言われる公務員の筆記試験に通過しました。

そして面接も、補欠合格ながらなんとか繰り上がりで採用されました。

マジで自分はどこからも必要とされていないのかと落ちこんでいただけに、採用された時は凄く嬉しかったのを覚えています。

まあ、結局辞めちゃうんですけどね。